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司の逞しい胸に寄り添い、司の力強い腕に抱きしめられ、私は呼吸を整えた。

「う・・ん・・・」
「おい。色っぽい声出すなよ。また我慢できなくなるだろ?」
「もう、勘弁してね。私身体壊れちゃいそうだから・・・」

あれから延々と私は司に可愛がられた。
思い出しても赤面しちゃうくらい、激しくお互いを求め合って、
一体何回私は天国に連れて行かれたんだろう。

「8回・・・」
「えっ?」
「今日は8回。俺2回。まっ明日も早いしこんなもんだろ」
「ねぇ、私の考えてたこと何で解るの?」
「お前、思ってること口に出してるし・・」
「う・・そっ!恥ずかしすぎる!」
「ははっ、今更何言ってるんだ」

司にぎゅっと抱きしめられて、また変な気分になりそうだった。
それをごまかすように慌てて司に聞きたかったことを尋ねてみる。

「あのね?司。企業秘密だったら応えてくれなくて良いんだけど・・・
 あの記事ほんとなの?もうすぐ司が道明寺グループの総帥になるって話。」

「あぁ、本当だ。今のプロジェクトが終わったらNYに戻って取締役会で承認されたら俺は道明寺グループ本社の代表取締役社長、つまり総帥。親父は会長。ババァはメープルと道明寺リゾートの社長ってとこかな」

「そう・・・なんだ。前から決まってたの?」

「あぁ、もう俺も34だし親父も体調が万全って訳でもないし、周りからは随分と言われてたんだけどな。まぁ、今回のプロジェクトが最後の試験ってとこかな」

「そう。」
私は呟きながら司の胸に顔を埋めた。司は私の頭を優しく撫でてくれる

「どした?寂しくなったか?」
「・・・うん。道明寺グループ本社の総帥だなんて・・・凄く遠い人になっちゃうのね」
「なんだそれ?俺は俺。お前にぞっこん惚れてる『道明寺司』のままだ。何も変わらないさ」
「でも・・・NYに帰っちゃうし」
「まぁ、それはな仕方ない。NYでの取引が日本より多いわけだしな」
「そっか・・・。ねぇ、婚約っていうのは?」
「つくしぃ。お前まだそんなこと言ってるのか?俺は結婚相手は自分で決める。まぁ、ちぃーっと遊びすぎたから、いろいろ書かれても仕方ないんだけどな。でも、あの記事になってた女達全部が全部手出したわけじゃねぇしなぁ。あっちから言い寄ってきたのは確かだが」

「今朝の、西田さん出動事件は?大丈夫なの?」
「あぁ、あれか。まぁ、今提携を進めてるところの孫娘だからな。それとこれとは別だってこと納得してもらうしかねえぇよな。今までだってそう言う話いくつもあったし、西田がうまくやってくれるさ。俺が全く興味ないって事あいつが一番解ってるしな」

そう言って、私の胸をやわやわと触ってくる。

「あ・・・ん。だめよ。何してるの!」
「いいじゃん、減るもんじゃなし」
「減るの!体力がいっぱい減るの!司だって明日早いんでしょ?」
「ははっ、そっか、減るのか!」

愉快そうに笑う司。凄く幸せな反面、不安が襲ってくる。その理由は解ってる。幸せなはずなのに、涙がこぼれてきた。

「おい?どした?何で泣くんだ?」
「う・・・」
「おいおい?どうしたんだお姫様は?そんなに嫌か?俺が噂されるの?」
「・・・それもある。それもあるけど・・・」
「じゃあ、なんだ?言ってみろ。お前昔から1人悩んで姿消すの得意だからな。ちゃんと俺に話してくれ。お前を受け止めるくらいの甲斐性は持ってるつもりだぞ!?」

「・・・違うの。最近、司と一緒にいるようになって幸せに浸っちゃって仕事も少しぬるくなっちゃってる気がしていたの。あなたに追いつくはずの仕事なのに。私の存在価値を示す物なのに。私が自信を持てるのは仕事だけなの。家柄も血筋も良くない私にとって仕事はあなたと対等にいられるために必要な物なのに。私最近調子悪くって」

司は黙って私の背中を撫でてくれてる。その手の動きが優しくって、ますます泣けてきた。

「うぅ・・・」
「つくし・・・道明寺に来ないか?」
「えっ?」
「お前と再会してからずっと考えてた」
「やだ・・・私が道明寺になんて行けるはず無いじゃない」
「お前は俺と一緒に仕事するの嫌か?」
「自信ないし、公私混同みたいで嫌」
「そうか?プライベートはさておいて、お前の実力を買ったヘッドハンティングのつもりなんだが」
「どういうこと?」
「この話は西田が言い出したことだ。元々経営戦略メンバーを増やそうという計画があったんだ」




司の話によると、司の総帥就任を機に経営陣を刷新する計画があるらしい。中でも新しい道明寺グループを形成するために経営スタッフと呼ばれる経営戦略メンバーを大幅に増やし、総帥直下の戦略室を作るとのこと。そのメンバーにはグループ内からの推薦者、外部からのヘッドハンティングなどかなりの実力者を収集する予定らしい。
司は、事もあろうかそのメンバーに私をヘッドハンティングするというのだ。

「そんなのできるはず無いじゃない!無理無理!」
「西田の目に狂いは無いと思うぞ?」
「だめよ!私にはできないわ!」
「つくし?まぁ聞けよ。何で西田がお前に目を付けたか解るか?」
「解らないわ・・」
「先週さぁ、つくし俺と西田に言ったこと覚えてるか?」
「なに?」
「西田とカニチャーハン食った時の話覚えてるか?」
「カニチャーハン・・・あぁ、あの時?何話したんだっけ?」
「おまえなぁ・・・」




1週間ほど前、私がマンションに帰ってくると、珍しく(というか初めて)西田さんと司がリビングにいて二人でなにやら仕事をしていた。

「ただいま・・・あっ西田さんもご一緒でしたか?お仕事?」
「あぁ、わりぃちょっと急ぎで西田に上がってもらった」
「お留守に申し訳ございません」

西田さんは素早くソファーから立ち上がり深々とお辞儀をしている。

「いえいえ、散らかしていてお恥ずかしいです。あの・・お茶入れますね」

私はコーヒーを淹れて二人のテーブルに置く。

「あの・・・こんな時間ですし、西田さんもお食事召し上がって行ってください。今日は一人のつもりだったので大したもの無いんですけど」
「いえ、お構いなく私はすぐ失礼しますから」
「やっあの・・・本当に大したものでは無くって、おいしいカニ缶をもらったから カニチャーハンにしようと思っていて・・・お嫌いですか?」
「カニチャーハン・・・」

西田さんはびっくりした表情で司を見ている。

司は「まぁたボンビー食を・・・」などと良いながら、嬉しそうな顔してる。

「西田、食ってけよ。つくしもあぁ言ってるし、つくしのボンビー食を食えるつうのも 珍しいしさ」
「・・・では、お言葉に甘えさせていただきます」
「はい!ではすぐ用意いたしますね!」

私はカニチャーハンとレタスのスープを手早く作り、二人のテーブルに持って行った。

「つくしもここで食えよ」
「でも、お仕事中でしょ?企業秘密もあるでしょ?私いていいの?」
「あぁ?いいさ。聞いてないことにしてくれたら、なぁ西田?」
「えぇ、牧野様でしたら結構ですよ。聞いていないことにしてください」
「やだ、西田さんまで・・・じゃあお邪魔いたします」

ふふふっと笑って、司の横にちょこんと座りカニチャーハンを食べ始める。

「しかしなぁ、何でこんなこと解決できねぇんだこいつら。本当にやる気あんのか!」

司が怒ってる原因は、司管轄のグループ会社の合併。
業務効率を図るためグループ会社を統合しようとして、それが思うように旨く進まないらしい。私は話を聞いていて、つい口を出してしまった。

「司、それ無理!」

「なんでだ?」

「だって、道明寺グループの本体ならともなく「S衣装」って道明寺グループの末端の末端でしょ。しかもその会社自体統合を繰り返していて色んな血が混じっている。同じ繊維関係だからって道明寺グループ内で中堅の「道明寺スタイル」と統合したってお互いメリットないから思うとおりにはならないわよ」

「だから、なんでだ!」

「あのね?つかさ?「S衣装」の売れ筋はボタンや紐などの小物でしょ。で、「道明寺スタイル」は1着ウン十万するデザイナーズブランドを扱ってる。1個50円のボタンを売ってる会社と1着ウン十万する洋服を売っている会社なんて融合できるはず無いじゃない。ビジネスモデルもシナリオも違うのよ。それを同じ繊維関係だからって、取引先を明らかにして全てを情報共有して会社の組織力を向上させようなんて無理!それに「S衣装」の取引先には「道明寺スタイル」だけでなく他のライバル会社もあるわけでしょ。「S衣装」は合併を繰り返してできた会社だから、本流へのライバル心はあるだろうし、忠誠心は薄いと思うわ。本当に道明寺グループ本社への利益を考えるなら、「S衣装」は他社へ譲渡した方が賢いわよ」

「・・・・・」

司と西田さんが顔を見合わせている。

「あっ!私ったらつい・・・ごめんなさい」
「いや。つくし、伊達に三笠商事の経営企画副部長やってる訳じゃねぇな」
「なによ。それ」
「牧野様には、経営の才能がおありだと言うことです」
「嫌だわ、西田さんまで私をからかって」

慌てて私はスープを一口飲み込んだ。



「あの後さ、西田が言ってきたんだ。お前を道明寺に迎えることできないかって」
「そう・・・・」
「つくし、お前マーケティングより経営の方が向いてるぞ?お前そっちの方もっと やってみたらどうだ?できれば道明寺に来て、俺を助けてくれないか?」
「・・・」
「嫌か?私情を一切挟んでないつもりなんだが」
「あのね・・・私、あなたに内緒にしてたことがある」
「ん?」
「12月にここを引き払うの」
「なぜ?」
「実は新しい提携が決まって新しい事業部を立ち上げるの。そこの立ち上げスタッフとしてわたしNYに行くことになってる。期間は半年。その後ね、しばらく会社休むことにしてるの」
「・・・何故半年で休むんだ?」
「ボストンに行こうと思って」
「・・・ハーバード・ビジネス・スクールか?」
「さすがね。そう、遅ればせながらMBA取ろうと思って」

司は私の肩をそっと抱き寄せた。




司の顔をじーっと見つめてた。

「ん?なんだ?」

私はそのまま司の形のよい顎に唇を寄せ、離れる瞬間ぺロっと舐めた。

「うお!?」

「ふふふっ」

「おまえなぁ・・・」

司があきれたように深くため息をつく。

「まぁ、元気になったんならいいわ。ともかくゴシップ記事は読むな!
 碌な事おきねぇ」

「あのね?つかさ・・・私にはもう司しかいないから。司だけ傍にいてくれたら、
 それだけで私はいいから。司の邪魔はしないから」

「つくし?俺だってお前だけいてくれればいい。お前のことが邪魔なんて思ったことないぞ?
 お前と別れたのだって、お前が惚れてくれた『道明寺司』でいられなくなる気がして、
 自分を取り戻すためだったのもある。俺が俺らしく過ごしていれば、きっとお前とまた
 会えると思っていた。13年もかかっちまったけどな。お前も同じ気持ちでいてくれて
 すっげぇうれしかった。俺はもうお前を離せねぇよ」

そういうと司は私の額に優しくキスしてくれた。

「あ・・・」

小さい吐息が漏れる。私の中の女が目覚めた。その瞬間を司は見逃すはずはなく。
悪戯な瞳で聞いてくる

「どうした?抱いて欲しいか?」

私は胸に小さな炎を灯しながら、首を横に振った。

「ううん」

「そっか?そうは見えなかったが?」

「違うの・・・私が司を抱きたい」

そういうと司の首に両手をかけ、ゆっくりと顔を近づけ、その薄くて形のよい唇をずっと見つめながら
徐々に瞳を閉じて私の唇をそっと重ねた。
唇を寄せながら、私は身体をねじり、司をそっとベットに押し倒す。

「おいおい」

唇が離れたとたん司は戸惑った声を出した。

「どうしたんだ?」

「・・・何回も言わせないで・・・私が、あなたを抱きたいの・・・」

そのまま司のネクタイを外して、肌蹴たたくましい胸に手を添える。
司の額に、左の瞼に、高い鼻の天辺に、右の頬にゆっくりとキスをする。
顎の先にキスをした後は、少し舌を出して這わせてみる。
司の喉仏がごくりと動く。そこをめがけてゆっくりと舌を這わす

「・・・っ」

司が少し眉をひそめる。そんな切なそうな顔は私だけのもの。私の中に独占力が湧き上がる。
さっき見たお嬢様たちにもそんな顔見せたの?やだ。司は私だけのもの。
司が私の背中を撫で上げる。その手を掴んで司の頭の上に持ち上げる。

「おい?」

「ダメ・・・私が司を抱きたいのよ。大人しくしてて?」

「本気か?」

「えぇ・・・今夜はあなたにたっぷり私を感じて欲しいの」

「・・・俺が我慢できなくなるくらい、俺を煽るつもりか?」

私は司の鎖骨をペロペロと舐めながら上目遣いに司の顔を見る。

「そうよ。私を泣かせた・・・不安にさせた罰よ・・・」






ここからは大人のお話です。苦手な方や18歳未満の方はご遠慮くださいませ。



今日は『いろいろ男』その3。高田遙人 41歳。バツイチ。某貿易会社社長とお別れをした。

私の『いろいろ男』の中で一番年上で、その分色んな経験も豊富で楽しませてもらった。

別れを切り出すと、

「まぁ、つくしとの関係もそろそろ1年だし潮時だったんだな。
 君が幸せならそれでいいさ。これからの活躍を祈ってるよ」

そう言っていとも簡単に、本当にあっさりと別れ話は成立した。

兎にも角にもこれで一応私の中で区切りは付いた。後はまぁ細かいのはちょこちょこ

あるけど、お誘いがあっても断れば良いだけの話なので大丈夫でしょ。




司と再会してすでに3週間が経っていた。あれから出張の時以外はほとんど毎日

私のマンションに泊まっていく司。

彼もまた『いろいろ女』を片っ端から整理しているようだった。

私は3人だけど、あの様子じゃ司の『いろいろ女』は両手でも足りなさそうな雰囲気だった。

面白いように、司に関する私のアンテナは冴えていて(昔じゃ考えられないけど)、

彼が着信を告げた携帯に向かって英語で・・・フランス語で・・・ロシア語で・・・

スペイン語で・・・ドイツ語で・・・イタリア語で・・・日本語で・・・

「君とは終わりにしたい」と静かな口調で相手を諭して、

「君にとって私は運命の男じゃなかったんだ。もっと君にふさわしい男が現れるさ。今までありがとう」

・・・などと、昔の西門さんが乗り移ったかと心配しちゃうような歯の浮くセリフを平気で吐いている場面に遭遇した。



・・・うそ。こんな事言う人だったっけ?司って。

やっぱりNYで1,2を争うプレイボーイだという噂はあながち嘘じゃなかったみたい。


そう言うときの司は、私の姿を目の端に捉えて、少し動揺して、少し気まずそうにして、

「わりぃ」とその黒い眼で私に訴える。「誤解しないでくれよ!」と少し焦っているのが解る。

大丈夫よ。私だってあなたと一緒にいたいから、『いろいろ男』にきちんとお別れしたんだもの。

あなたもそうなんでしょ。心配しないで。心の中で小さく呟く。






でも、今日は少し雰囲気が違っていた。いつもの『いろいろ女』というレベルではないみたい。

おそらく、仕事が絡んだ関係。司も迂闊なことは言えないようで、西田さんがまず出陣した模様。

まずは、現実のビジネスをきちんと整理して・・・それからプライベート部分を切り離そうとしているみたい。

こういう時、私はどうしたら良いんだろう。おそらく何もしないのが一番。

そう決めて、何も知らないふりして、司が戻ってくるまでリビングで経済誌を読むことにした。

本屋は近くなのになかなか立ち寄れない私は、まとめて配達をしてもらっている。

今朝、5種類の経済誌が届いたばかりだった。

表紙をみて驚いた。どの雑誌にも同じ意味合いの見出しが踊っていたから。

『道明寺財閥副社長 道明寺司氏 近々総帥就任へ』

『不動の地位獲得へ!総帥就任と同時に婚約・結婚か!』

『注目のお相手は?いずれも名門のお嬢様方がしのぎを削る!』

『経済界きってのプレイボーイを射止めるのはこのお嬢様!』

『道明寺司氏、その手腕と華麗なるプライベートを徹底分析!』

パラパラと雑誌をめくり、記事を斜め読みする。とてもじゃないけど比較するのも

はばかられるような名家のお嬢様や大企業のご令嬢が美しい微笑みを浮かべてこちらを見ている。

ご丁寧に今まで司と噂になったお嬢様方までも一覧にされていて

皆が一斉に微笑みを浮かべていた。私はこのお嬢様達に挑まれている気がした。

あなたなんかに司はやらないと。司にふさわしいのは、生まれも育ちもよく、地位も名誉もある私なのだと。

目眩がした。ううん、吐き気がした。司が一気に遠くへ行ってしまった気がした。

手が震えるし、動悸がする。気持ち悪い・・・。視界がそのまま暗くなった。





「う・・・ん」

何だかひんやりとしたものが額に載っている。タオル?

「つくし?気がついたか?」

司の心配そうな声が聞こえる。眼を開けて顔を見たい。でも、眼が開かない。

「つ・・かさ?」

「お前、大丈夫か?どこか痛まないか?」

・・・心が痛いよつかさぁ。ねぇ抱っこして?

そんな甘えた言葉を胸の中にしまいこむ。

「つくし?」

私は司の顔を見たくて、そろっと優しい声のするようへ両手を伸ばし、その癖の強い髪の毛に

指を絡めながら、ゆっくりと眼を開けた。

一番最初に眼に飛び込んできたのは、心配そうな司の瞳。

ネクタイを緩めて、Yシャツのボタンを3つ外して胸元を大きく開けている。

「つかさ?」

「びびったぞ!?帰ってきたらお前リビングで倒れているし。マジ焦った。何があった?」

「つかさ・・・抱っこ・・・抱っこしてください」

「こうか?」

司が優しく私の背中に腕を回す。私ははだけた司の胸に額をくっつけた。

大好きな司のコロンの香りに包まれる。少しずつ心に突き刺さった棘が溶けていくような感覚が生まれる。

この腕の中が私は一番安心する。

「・・・うっ・・・くっ・・・」

こんなところで泣いても仕方ないのに、涙が出てきた。

「おい?何で泣く?まぁ、何となく想像はできるが」

司が私の頭に顎を載せて話し出す。髪の毛に息がかかる。

「お前、また雑誌見てなんか誤解しただろ?あんなの読むなよなぁ。

 読むなら経済部分だけにして、それ以外のゴシップのようなところは読み飛ばせ」

「だって・・・読まずにいられるはずないじゃない。あんな見出しがあんなに有名な

 経済誌に踊ってるのよ?司のこと書いてあるのよ?読むなって方が無理よ・・・」

力無く、かすれた涙声で司に訴える。

「それで?」

司は溜息混じりに私に言葉を続けるよう促す

「それでどう思ったんだ?お前は?あいつらに俺を譲るのか?」

首を横に振る。

「俺といるの嫌になったのか?」

もう一度首を横に振る。

「まぁ、不安にさせちまったのは悪かった。ごめん。お前の前で他の女と話したりもしてたしな。

 不可抗力とはいえ軽率だった。ほんとごめんな。お前と別れてからちぃーっと遊び過ぎた」

「ちぃーっとじゃないでしょ・・・世界中に『いろいろ女』作っちゃって」

「ははっばれたか?まぁ俺様くらいになると何事もワールドワイドなんだよ」

「バカ!」

「お?元気出てきたか?」

「なんか馬鹿らしくなってきたわ」

「そっか?お前のヤキモチ俺は嬉しかったけどな。昔からヤキモチ妬くのは俺ばっかりで、

 お前はいつも鈍感で、どれだけ焦っていたことか。」


この自信満々な男が憎らしい。憎らしいけど大好きだと、失いたくないとあらためて思った。


少し太めだが長くて形の良い指先に、白いたばこが挟まれている。

『カチッ』

つんと鼻をつく、かすかな匂いを伴いたばこの先に赤い灯がともった。

紫煙を吐く、形の良い唇・・・。

夕暮れのカフェテラス。夕日が赤く彼の顔を照らす。

濃紺のスーツに薄い青のYシャツ。黄色の高そうなネクタイが

この男のできる加減を象徴しているみたい。

私が今何をしているかって?司の命により(?)『いろいろ男』整理中。

今日のターゲットは、『いろいろ男』その2。

篠田聡 某有名広告代理店勤務。30歳。独身。3ヶ月前にプロポーズされたんだけど、

その返事もせず今まで放置プレイをしてしまったという曰くつきの男。

私より年下だけど、俺様でそのでかい態度がこれまた背格好だけでなく司によく似ている。

一緒にいると司が側にいてくれるみたいな錯覚を起こして、

私は「いろいろ男」の中でも聡さんと過ごすことが多かった。

プロポーズは突然だった。私は誰とも結婚する気持ちは無かったし、

聡さんには私の他にもそれらしくつきあっている女性がいたから、

二人とも割り切った大人の関係だと思っていた。

だから、とにかくびっくりした。それと同時に、俺様な聡さんが真っ赤な顔で

私に真剣にプロポーズしてくれたのが嬉しかった。

「つくし・・・お前俺がプロポーズしたの覚えてるか?」

「・・・えぇ」

「その返事を今日は聞かせてくれるんだろ?」

「・・・」

「なぁ、俺が他の女とも関係があるのがヤなのか?」

「えっ?」

「お前の顔見てると解るさ。プロポーズを断られることぐらい。そうだろ?」

「・・・」

「理由くらい聞かせろよ?納得できない理由だったら俺だってへこむぞ?
 いや、その前にこれほどいい男を振るなんて考え直せよ」

こんな時でも、俺様な聡さん。

「私。ずっと好きな人がいるの。あなたと出会うずっと前からよ」



聡さんとは3年前、大学時代の後輩の結婚式で知り合った。

彼女の旦那さんとなる人が、聡さんと同じ広告代理店勤めで、聡さんは旦那さんの後輩だった。

広告代理店という少し特有で派手な環境の人達は、若いというのにタキシードを着こなしたスマートな出で立ちの人ばかりだった。

結婚式の2次会で、結婚式場近くのレストランを貸し切り、素敵なパーティが開かれた。

花嫁側の招待客はこの場で男を射止めようという下心がありありと伺えて、

会場のあちこちで積極的にアプローチを開始している。男性陣だって同じだった。

花嫁側の招待客はドレス着用者が多かったけど、私は敢えて薄鼠色の色留め袖を着ていた。

それが逆に目立ってしまったらしい。何人かの男性に声を掛けられ、名刺を渡された。

そのようなアプローチが少し疎ましく感じはじめた私は、

1人テラスへと場所を移してシャンパンを少しずつ嘗めていた。

「お一人ですか?」

不意に声を掛けられ、緩慢に振り向くとそこには司とほぼ同じ背格好の男が立っていた。

「えぇ」

「隣に行ってもいいかな?」

「どうぞ」

「サンキュ」

赤く燃え上がるような夕日がいつの間にか紫色となり、夜の帳が降りはじめた。

一体何分ここで空を眺めていたんだろう。横に来たその男は何も言わず、

ただ私と同じくシャンパンを少しずつ口につけていた。

「なぁ?」

「はい?」

「寒くないか?」

「えぇ、大丈夫です」

「そっか」

またしても沈黙。この人何しに来たんだろう?

「なぁ?」

「はい?」

「名前教えろよ」

「は?」

「な・ま・え!何て呼べば良いんだお前のこと?」

「何で教えないといけないのかしら?私はあなたのこと存じ上げないのに」

「おれはさとし。篠田聡。お前は?」

「牧野です」

「下の名前は?」

「つくし・・・牧野つくし」

「つくしか・・・つくし!行くぞ!」

篠田聡と名乗ったその男は、強引に私の手を引いて店から連れ出した。

「あの!ちょっと!困るんですけど!」

「あぁ?いいんだよ。これ以上あそこにいたら、お前を他の男にとられちまう」

「え?何言ってるの?」

「お前気付いてなかったのか?テラスにいる俺たちずっと部屋の中から
 監視されてたんだぜ。まぁ俺が一言『来るんじゃねぇぞ』って一喝しといたから
 誰も来なかったけどさ」

「それで、何で私まで一緒にここを出ないといけないの?」

私は着物の裾を気にしながら、ちょこまかと小走りをしていた。

「それは・・・お前が俺の女になるからだ」

「はぁ?どういうことよ!」

「俺が決めた。お前は今日から俺の女だ」

「なに?何なの一体!」

「うるせー女」

気がついたときは、そのまま唇を塞がれてた。

ドコ!!

思いっきり私は男のお腹を殴った。

「いってぇー。グーで殴る女なんて初めてだ。ますます気に入った」

綺麗な口の端を少しあげて不敵に笑い、挑むような瞳に不覚にも釘付けになった。

強引なこの男−篠田聡は、年下のくせに生意気で俺様だけど意外にもいい奴だった。

私が「誰か側にいて欲しい」そう思う瞬間に彼は必ずそこにいた。

例えばそれはおいしい紅茶を飲んでいるときだったり、美術館で美しい色を見つけた時だったり、

小難しいニュースを見ている時だったり。

「あなたって、どうしてこんなにタイミング良いのかしら?」

思わず呟いた言葉に彼は戸惑うことなく言った。

「俺だから。つくしには俺が必要なんだよ」

まるで子供に言い聞かせるかのように頭をポンポンと撫でられた。

本気なのか冗談なのか解らない彼の態度や言葉にいちいち反応してしまった。

年甲斐もなく翻弄されているようだった。でも決して嫌ではなかった。

司が側にいるような感覚が私を支配していた。司じゃないのに。

そう、背格好や俺様な所は似ていても、抱きしめられた腕の力や

煙草の匂いや、コロンの香り、キスの仕方、身体の重ね方・・・

司じゃないって頭の隅で感じていた。似ていても違う男。

司じゃないから、彼に他の女の人がいても平気だった。私だって他に男の人がいる。

それについてはお互い触れなかった。自由にしていた。

そんなある日、私は突然聡さんにプロポーズされた。

彼は真っ赤な顔で私に告げた

「お前が側にいて欲しいときは必ずいる。だから一生俺の女でいてくれ」

彼らしい俺様で、ぶっきらぼうな言い方だった。短いその言葉の中に、

彼の優しさやいたわりが伝わってきて心がほっこりと暖かくなった。

でも、私の中には「司」がいつもいた。かなわぬ想いだと十分に解っている。

13年も経っている。もうメディアでしか見ることが叶わない男性だけど、

私の中で男は「道明寺司」だけだった。

プロポーズの答えはその瞬間から決まっていた。「No」と。

ただ、どう伝えたら良いのかが解らなかっただけ。

今、私は素直に聡さんに自分の気持ちを伝えていた。




「私。ずっと好きな人がいるの。あなたと出会うずっと前からよ。
その人とは生まれ育った環境が余りにも違いすぎて、お互い子供だったこともあって
手を離してしまったの。でも、私の中にはいつも彼がいたの。
誰にも代わりはできないの。私が求める男性はその人1人なの。
だからごめんなさい。聡さんのプロポーズはお受けできません」

聡さんは、煙草を口に運び、ふーっと煙をゆっくり吐き出した。

「解ったよ。お前がそこまでいう男だ。きっと見込みのある奴なんだろうな?」

「えぇ、いい男よ。聡さんに負けないくらい」

「ははっ、そっか」

聡さんは愉快そうに笑いながら、テーブルの灰皿に煙草を押しつけた。

その手が私の頬を撫でる。

「幸せになれるんだな?」

「・・・えぇ」

「そいつに沢山可愛がってもらえるんだな?」

「バカ・・・」

聡さんはふっと笑って、流れるような動作でテーブルの上にあった伝票を持ちそのまま立ち上がった。

「じゃあな。つくし。お前もっともっといい女になれよ。
 俺が惚れた女だ。自信持って突っ走れ」

聡さんの言葉に目頭が熱くなった。私はただ「うん、うん」と頷いた。

そんな私を聡さんは優しく見つめて、一言言った。

「こんないい男振りやがってよ・・・一生後悔しろ!」

おでこをピンと指で弾かれた・・・かと思うとかすめるようなキスを唇に落とされた。

「ちっくしょー。未練たっぷりだ!だぁーっ今夜は由希子でも呼び出すか!
 じゃな!つくし」

嵐のように現れて、嵐のように去っていった聡さん。

彼らしい最後の言葉に込められた私への愛情はひしひしと伝わってきた。






「じゃあ。お元気で」

「あぁ。これで最後なんて残念だな。後悔したらいつでも連絡しろよ」

雅之はにっこり微笑むと、私の頬にキスをそっと落とした。

じっと去りゆくその後ろ姿を見ているのが解ったのか、軽く左手を挙げてバイバイをしている。






雅之との関係は2年続いた。私より3歳年上の36歳。偶々誘われていったテニススクールの

コーチだった。ほんのお遊びで参加した私の趣旨には全く合わないハードな内容。

雅之はニコリともせずに、次々と生徒に指導をしていく。

私はプロになりたい訳でもないから、もっと気楽にテニスを楽しみたかった。

なのに・・・このコーチはそれを許さない。

「なによ!」

と思っていたら、隣に並んでいた女子大生3人組が、

「はぁ、土井コーチ今日も格好いい」

「あの、厳しい目がいいのよねぇ。大人って感じ!」

「ねぇ、Cクラスの子に聞いたんだけど、土井コーチお食事とか誘ったら
 暇なときは行ってくれるんだって」

「えぇ!私誘ってみようかな?」」

「でも、それだけじゃ終わらなかったりして」

「えぇ、それでもいい。あの逞しい腕に抱きしめられたら蕩けるかも」

「きゃー!!えっちぃー!!」



・・・若いっていいわね・・・なんて、思考停止状態のコメントをぼんやりと考えていたら、

「いやぁーん!」

という大きな声が聞こえたと同時に、黄色いテニスボールが飛んできて、私の喉を直撃した。


「ぐぇ!」

蛙をつぶしたような声が、自然と私の口から漏れた・・・と思ったら、激しく咳き込み、

その場に倒れ込んでしまった。

「いやぁーん女」がボレーを失敗して、ボールがすぐ後ろにいた私めがけて飛んできたのだった。





「大丈夫か?」

あまりの激しい咳き込みに涙を流しながら、私はただ「うんうん」と頷いてみせる。

「白石コーチ、後頼む」

ふわっと身体が浮いて、土井コーチにお姫様だっこされ、黄色い声に見送られながら、

クラブ内のレストルームへ連れて行かれた。

「かなり赤いな。これで冷やして。悪かったな」

未だ咳き込み呼吸が苦しい私を見て、心配そうに冷やしたタオルを差し出している。

「ゴホっ・・だいじょうぶ・・・ゴホっですから」

「しゃべるな。しっかり呼吸して」

口調は厳しいが、眼は優しかった。その後の練習を私は休んで、帰る事にした。

土井コーチは責任を感じたらしく、「送る」といって、パーキングから車を出してきた。

シルバーのボルボ。テニスのコーチってそんなに稼いでるの?って思った。

促されるまま、助手席に乗り込み、マンション近くの本屋さんの場所を告げた。

「お詫びに、メシごちそうするよ」

そう言われて、ラーメンと餃子がとびきりおいしいというお店に連れて行ってもらった。

「おいしい!」

「だろ?」

運動をした後と言うこともあって、私はラーメンと餃子をぺろりと食べてしまった。

「牧野さんって、おいしそうに食べるんだな」

「だって、おいしいんですもの」

「そっか。どこかでお茶でもして帰るか」

「えっ?でも・・・」

「今日は、もう戻ってもクラス終わってるし、いいさ。行こう!」

そう言われて、連れて行かれたのはワインバーだった。

ラーメンと餃子の後にワイン。不思議な組み合わせを選択するこの男に興味が沸いた。

肩肘を張ることなく自然と話ができる。私にとって、こんな相手は珍しい。

話をするうちに解ったのは、土井コーチの本職は建築デザイナー。あのテニススクールの

オーナーは中学時代からの友人で、二人でペアーを組み、インターハイや国体に何度も

出場した仲。運動不足解消のため、週に1回土曜日のあのクラスを担当しているらしい。

「まるっきりボランティア。若い子を沢山入れるからって騙されたようなもんだ」

「えっ?なんか、聞き捨てならないセリフですよ」

「ははっ牧野さんなら年齢関係なく歓迎するよ!」

土井コーチの話は面白く、私はついつい調子に乗ってワインを飲んでしまった。

元々お酒には弱いのに、調子に乗りすぎた。

私は立てなくなってしまい、困った土井コーチはワインバーが入っていたホテルの部屋を

とってくれた。

そう言えば、昔道明寺もこうやって動けなくなった私のために部屋とってくれたな・・・。

そんなことを思い出してしまい、私を支えてくれている土井コーチをじっと見つめた。

土井コーチは、私の様子に気付き、ふっと微笑んだかと思うとそのまま唇を重ねてきた。

私は抵抗しなかった、びっくりしたけど、抵抗しなかった。

道明寺とは違うキス、道明寺とは違う腕の強さ、道明寺と違うコロンの香り。

どれもこれも道明寺とは違うのに、この人に身を任せてみようと思った。

どんどん激しく、深くなるキスを受け入れ、道明寺とはちがうこの男のぬくもりを感じた。

腰に、胸に、背中に、髪の毛に、腕に、太ももに、ふくらはぎに・・・

この男において行かれないよう、しっかりとしがみついていた。





それが、二人の始まりだった。

私は雅之の落ち着いた風情が好きだった。テニスをしている時の雅之。

私を激しく抱く時の雅之。静かに設計図を見ている時の雅之・・・好きだった。

でも、ごめんね。

私には心と身体が本能的に求めてしまう男がいるの。『道明寺司』という男が。





こちらを見ることは無いと知りながら、私も雅之に向かって手を振った。

心の奥がちくっとした。

やがて、雅之の姿が人の波にかき消されたのが合図のように、

私は雅之とは反対方向に向かい歩き始めた。私の部屋を今晩も訪れるであろう司を思った。

「司、『いろいろ男』1号と切れたよ・・・ご褒美頂戴ね」

小さく呟き、クスッと笑った。



月曜日はいつも忙しい。午前はマーケティング会議、午後は経営企画部会議と

定例の全社部長会がある。

定例の部長会はいわゆる報告会ではない。ミドルマネジメントがそれぞれの部門の課題に対して、

他の部門のマネージャと真剣に議論を交わし解決策を見いだしていくことを目的とした、

相談と議論の場であった。

私は当然最年少。厳しい意見のやりとりもあるが、皆の目的はひとつ。

『会社の業績を如何にして上げるか』、そこを目指しての意見交換だから非常に有意義。

年配の部長さん達の含蓄のあるお言葉にはうんうんと頷いてしまうし。




17時にこの会議が終わり、私は急いで百瀬君と取引先に向かった。

新規事業立ち上げのための提携。三笠商事にとっては全く新しい分野だったので、

そのパートナーとなる企業選択にもかなりの時間を費やした。

17時30分に先方とのアポイントメントだったため、志那乃ちゃんが手配してくれたタクシーに

飛び乗り、百瀬君と車の中で最終確認をする。

志那乃ちゃんは、必要だと判断すればマーケティング部以外の仕事の時も、
私が仕事しやすいようにサポートをしてくれる。感謝!





無事、提携のための条件を先方とも確認し合い、来週社長を交えての調印を行うこととなった。

時計を見ると19時30分。会社に戻って報告資料を作ろうと考えていると

「部長・・・今から食事どうですか?」

百瀬君が少し赤い顔をして食事に誘ってきた。あぁ、忘れてた。

私は、ぐっとお腹に力を入れて

「そうね。いいわよ。お約束してたし」

「では、会社に連絡しておきます。今日の報告資料は私が責任もって作りますので」

「じゃあ、資料はお願いします。明日の午後には沢崎専務に報告しないといけないから、
 それまでにお願いね」

「はい」と百瀬君は返事をして携帯電話から会社に連絡している。

電話の相手は志那乃ちゃんで、伝言が何件かあったらしく、

システム手帳にメモをし、私に渡してくる。私はメモを素早く読み、

百瀬君と電話を替わってもらい志那乃ちゃんに指示を出した。今日は、これで仕事は終わり。

心を決めて、百瀬君と二人で大通りを歩き、近くのフレンチレストランへ行く。





「「乾杯」」

軽くワイングラスをあげる。お料理を口に運びながらも、話題は仕事の話。

話題がとぎれると、あの話になりそうで、ひたすら話をする。

食事が終わりかけた頃、百瀬君が口を開いた。

「部長・・・いや、牧野さん」

「は?はい?」

声が裏返る。

「ロンドンで言ったこと、覚えてくれてますか?」

「・・・えぇ」

「僕ではダメですか?」

「いや、ダメとかそう言うことじゃなくって・・・」

「厳しく仕事をする牧野さんも、こうやっておいしそうに食事する牧野さんも、
 明るくはじけるように笑う牧野さんも、全部好きなんです。
 今は僕では物足りないかも知れないけど、きっとあなたにふさわしい男になります。
 もう一度考えてもらえませんか?」

「えっ・・・と。ごめんなさい。百瀬君の気持ちは本当に嬉しいんだけど、
 私、好きな人がいるの。その人とは、生まれ育った環境が余りにも違いすぎて、
 大好きだったけど手を離してしまったの。それから、忘れたふりしてたの。
 忘れたふりして、忘れたくて、勉強して、仕事した。でもずっとずっと忘れられなかったの」

「牧野さん・・・」

「だから、ごめんなさい。百瀬君の気持ちは嬉しいけど、あなたの気持ちに応えることはできない」

「解りました・・・。僕もあきらめないといけないのかな。・・・そろそろ行きますか?」

「えぇ」





店の前の大通りでタクシーを拾い、二人で乗り込む。

百瀬君は私のマンションまで送ってくれた。

タクシーを降りると、百瀬君も降りてきて、タクシーは去っていった。

「ど・・どうしたの?」

「牧野さん・・・お願いがあります。一度だけでいいから抱きしめていいですか?」

「えっ?」

そのままふわりと抱きしめられた。

「百瀬君・・・?」

「牧野さん・・・牧野さん・・・」

百瀬君は私の首筋に顔を埋めて、私の名を呼び続ける。

「お願い、離して・・・」

「嫌だ。どうしてあなたを好きになってしまったんだろう・・・つくし!!」

百瀬君の両腕に力が入る。

「ごめんなさい。あなたの気持ちには応えられない。離して・・・ごめん」

「おい、そろそろ俺の女離してもらおうか」

ふと背後から地の底を這うような低い声が聞こえた。

「えっ?」

ぐいっと腕を引っ張られ、大きな男の陰に隠される。・・・司!

「お前、誰だ?」

鋭い眼差しを百瀬君に送っている。

「あなたこそ誰ですか?」

百瀬君も、にらみ返している。やばい!

「つかさ?怒らないで、ねぇ落ち着いて!」

「落ち着いてるよ。少しなら眼を瞑ろうと思ったが、つくしが嫌がってるのを見るとな、
 黙っていられなくなった」

私に向ける瞳は打って変わってものすごく優しい。

「百瀬君?あの・・・ね。この人が私がずっと好きだった人。私の一番大切な人なの。
 お願い、解って?あなたの気持ちには応えられないの」

「つくしさん・・・」

「俺が我慢できる間に帰れ!」

司が百瀬君を威嚇する。ねぇ怒ってないって嘘じゃない!怒らないで!

「百瀬君。ごめんなさい。帰ってもらえる?」

「・・・申し訳ありません」

百瀬君は、私達を見ながら2,3歩後ずさりし、そのまま踵を返した。




その様子を、少し涙をためながら見送った。

司は私が涙を耐えているのが気に入らなかったらしく

「何泣いてるんだ!お前『いろいろ男』後何人いるんだよ!
 毎回こんな事になったらどうするんだ。気が気じゃねぇ!」

なんて息巻いてる。いや・・・その、まだ本物の『いろいろ男』は

1人もかたづけてなかったりするんですけど・・・そんなことは口が裂けても言えない。


「あの?何でここにいるの?」

「あぁ?お前携帯に連絡してもでねぇし、心配で来ちまった」

携帯・・あ!充電切れちゃったんだ。あぁ・・・私としたことが。


「ごめんね?心配掛けちゃって。時間大丈夫だったらお茶飲んで行かない?」

「あ?心配掛けてると思ったら、今晩も泊めてくれ。」

「え?泊まるの?うそ・・・でしょ?」

「あぁ?ヤなのか?」

「いえ。歓迎イタシマス」

司にぐいぐい手を引っ張られながら、部屋へと戻った。